( 01 )
労働安全衛生を考える上でまず重要となるのは、労働者の健康を脅かす様々な外的因子(ネガティブ要因)を特定し、それらの軽減策を講ずることです。この考え方が重要であることは今後も変わりませんが、労働安全衛生法が施行されて50年以上が経過した現在、テクノロジーの進歩もあり、大局的観点でみれば、労働者の身体的安全性は高まったと言える面もあるように思います。
その一方で、現在、私たちの国は労働人口が激減するという問題に晒されています。「ネガティブ要因の低減」(下図左側)だけに焦点を当てた労働安全衛生活動の考え方は、見直されるべき時期に来ているのかもしれません。
労働人口減少社会においても、企業等の活発な組織活動を維持していくためには、労働者一人ひとりの活力向上、すなわち「ポジティブ要因の増強」(下図右側)がこれまで以上に重要となるはずです。
私たちは労働者の「体力」を「身体的体力(physical fitness: PF)」と「精神的体力(mental fitness: MF)」の2つの観点から捉え、ポジティブ要因の増強に資する新たな労働安全衛生の枠組みを構築することを目指しています。

主に「心肺持久力:cardiorespiratory fitness(CRF)」に着目した調査・実験に取り組んでいます。CRFは疾病発症に強く関わる重要な健康指標です。労働者が自身のCRF値を簡便に、安全に知ることができれば健康管理に有用ですが、そういった評価法は普及していません。労働者のCRFをどのように評価し、また、どのように高めるかについて研究しています。
労働者向けCRF評価法として開発したWLAQ(質問紙)とJST(簡易体力検査)を用いた疫学調査(疾患リスクとの関係)

学術研究分野では体力をPFとMFの2要素(上図)で捉えようとする考えが古くからありますが、概念の説明に使われるだけで研究として深く追求されてきたわけではありません。しかし、メンタルヘルスの問題など昨今の日本人労働者の実情を考えますと、MFはPFと同等か、それ以上に重要かもしれません。現在、私たちは、MFの概念や評価方法を構築するための質的研究、あるいはそれらを用いた実験研究、疫学調査研究に取り組んでいます。
( 02 )
作業の機械化や自動化が進んだ現代社会では、座位時間が極端に長くなるなど、身体活動量が不足しがちです。これは心血管疾患や糖尿病などの健康リスクを高める要因となることが研究で明らかになっています。「身体活動量が多いほど健康に良い」という概念はすでに広く一般にも認識されているようです。
その一方で、最近欧州の研究者を中心に「Physical Activity Paradox(身体活動の逆説)」という概念に関心が高まっています。これは、余暇中の身体活動が健康に有益である一方で、勤務中の過剰な身体活動がかえって健康リスクを高める可能性があるという概念です。彼らの先行研究では、勤務中の身体活動量が多いほど死亡リスクが高まることが示されています。
私たちはこうした海外の知見を踏まえた上で、日本の労働環境に焦点を当て、その実態解明に向けた研究を進めています。特に、労働者においては、職種や業務内容に応じた身体活動の特性を考慮し、それに基づいた対策をとることが、健康増進や生産性向上に繋がるはずです。身体活動の「量」だけでなく、「勤務中か余暇中か」など身体活動の目的によって健康や生産性への影響が異なるのかを明らかにすることを目指しています。

身体活動の区分
身体活動はその強度(エネルギー消費量)によって4つに分類されます。
METsとは
身体活動の強度の単位です。安静時(静かに座っている状態)を1とした時と比較して何倍のエネルギーを消費するかで活動の強度を示します。
SB(座位行動)とは
Sedentary Behaviorの略で、1.5METs以下の身体活動のことです。
MVPA(中高強度身体活動)とは
Moderate-to-Vigorous Physical Activityの略で、3METs以上の身体活動のことです。
WLAQで調査した勤務時間に占める座位時間の割合(職種別)
